


下町にある大衆レストラン。
俺が働くその「大衆レストラン」に
その女性は、「ホールスタッフ」としてアルバイトで入ってきた。
一目惚れだった。
どこか遠くを見ているような悲しい目をした印象の
その女性に俺は話しかけることすら出来なかったが、
休憩時間が重なったある日、奇跡が起きた。
俺はいつものように、飯を食い終わるとただ黙って
テレビ画面を見つめていた。
テレビではサッカーワールドカップのニュースが流れていた。
「韓国が強い」という話題だ。
韓国の試合のダイジェストが流れる。
ただ黙ってテレビを見ている俺とその女性。
韓国の実況と解説者の興奮状態の映像に移った瞬間、
ふたり同時にツボにはまった。
この小さなミラクルで、一気に緊張が解れた俺に
その女性はこう尋ねてきた。
「音楽やってるんですか?」
「うん。」
「わたしもバンドやってるんです。」
「おお!マジかぁ。ボーカル?」
「はい。」
「今度ライブやるときは教えてよ。見に行くからさ」
「あ、私にも教えてください。見に行きますから」
そういって、彼女は俺にメールアドレスを書いて俺に手渡してくれた。
「じゃあ、俺のも」
そういって、俺は携帯の番号とメールアドレスを書いて渡した。
初めて彼女のライブを見に行って、俺は彼女の歌の世界に
吸い込まれるように恋に落ちていった。
その女性こそ、数々のイベントとデザインを手がけ、no_NAMEの影のブレーンになった
「FLOWERMOUNTAIN」だ。
彼女は、「愛」と「ひらめき」と少しの「悪巧み」と、
それをアーティスティック
に表現できる「言葉たち」で溢れていた。
そして、「自分」をよく知っていた。
知りすぎていた。
それゆえにもがき苦しむ姿も脳裏に焼きついている。
彼女と出会ってから、自分というものと向き合うことが多くなった。
俺はそれから、一人で、バンドとは別に作詞作曲し、
弾き語り活動を始めた。
友達の役者さんや、お笑い芸人さんが主催するイベントに
参加させてもらったり、新宿のマローネというライブバーに
頻繁に出演するようになったりと、歌を届ける活動を
バンドと平行してやるようになっていった。
俺には色々な顔があった。
そうだ。
上京当時、俺には何でも出来るという思いで溢れていた。
ここでは触れなかったが、役者としても3回舞台を経験したし、
バンドでは激しいステージングで男くさいロックをやっている。
弾き語りでは、もっとも伝えたいこと「愛」について
思う存分歌っている。
別にいいじゃないか。それでいいじゃないか。
それが「俺」だ。
そう思うことが出来るようになったのも、
「FLOWERMOUNTAIN」に出逢ったからだ。
俺は「FLOWERMOUNTAIN」と手を組み、
数々の素敵な「悪巧み」を計画し実行していった。
「no_NAME」の看板イベント「Rocks」を主催したり、
「FLOWERMOUNTAIN」のバンド「EARTH BOUND」と
「no_NAME」が手を組んだイベント「GOLDEN GOLD」を
成功させたりする中で、この二人なら何でも出来ると
いう自信に満ち溢れ、俺たちはついに動き始めた。
俺が当時、芝居関係のつながりから、大変お世話になっていた
映像会社の社長さんに、俺と彼女でプレゼンしにいったのだ。
「no_NAME」を売り出すために。
いや、「no_NAME」とその周りの素敵な「仲間」たちを売り出すために。
つづく。